午前4:08。
外はすっかり秋めいて、薄手のジャンパーを着ていても少し肌寒い。
日の出まではまだ1時間半近くあるので、外はまだ真っ暗。
街灯の明かりが点々と続く通りを車で走っていても、見かけるのは郵便配達のおっさんが乗ったバイクと、飲み会帰りと思われる学生2人組みが歩いているくらい。
表通りに出ても、やはり人通りはほとんどない。
早朝というよりも未だ深夜姿を残した街並みを抜けて、高速道路に乗ると、やっと車の数が少し増え始める。
長距離のお客を乗せた帰りなのか、緑色の「空」ランプが灯ったタクシーだとか、なんとか運輸って書かれているトラックだとか。
なかには、これからどこか行楽地に行くのか、それとも帰ってきたところなのか、若いカップルが乗った乗用車もあれば、作業着のにいちゃんが乗った業務用車もある。
そんな中を走って行くわけだが、ときどき、大きめのワゴンだとか、背中に何枚も板を積んだ車が、なんだか焦っているように追い越し車線をすっ飛んで行く。
気持ちはよくわかる。
明らかに焦っているのだ。
誰よりも先に辿り着いて、日の出を拝もうと思っている輩達。
目的は私と同じである。
時間にして30分も走る頃には、東の空が微かに白み始める。
まだ5:00も回っていないのに、「自分も早く辿り着かなきゃ」、いつも必ずそんなふうに焦った気分になってしまう。
高速道路を降りて、寂れた商店街のある街中を抜けると、左右には田畑が広がる。
ここいら辺までくると農作業をするのか、制限速度40kmの路をかなり下回ったのろのろペースでじいちゃんの乗った軽トラがけっこう走っている。
さっきまでうっすらと白く光っていただけだったの空は、ほんの少しだけオレンジ色に染まり始めて、朝の香りが漂い始めている。
目的地までは、あと5分とかからないはずなのだが、目の前を走るじいちゃんの軽トラに少しイライラしながら、やっと最後の交差点を曲がって目的地に到着。
一番乗りするつもりの空き地には、既に4,5台の車。
何人かで来ている若いやつらが、波の様子がどうだとか、沖合いを眺めて何か言っている。
波は小さい。
そう思っていると、30mくらい向こうの方を板を抱えたにいちゃんが一人、浜辺を駆け出しているのが見える。
そうなると、もういてもたってもいられない。
素っ裸になって着替えを始めると、空気はえらく冷たい。
上下ひとつながりになったウェットスーツは、乾ききっていなかったのか、若干湿っている気がする。
裸足になって草むらを抜けると、朝露を染み込んだ土が凍るように冷たい。
草むらを抜けて、砂浜に出ると波の音が聞こえる。
ストレッチもそこそこに水の中に脚を踏み入れると、海水は暖かい。
寄せる波をじゃばじゃばと乗り越えて、腰の深さくらいのところまで出ると、板の上に腹這いになって、水の上を漕ぎ始める。
日の出までは、もうあと10分かそこいらだろう。
周囲180度を見渡しても、遠くの方にさっき先を越されたにいちゃんが浮かんでる以外には誰もいない。
岸辺で崩れる波の音と、頭上をときどき飛ぶ海鳥の声と。
風はなく、周期的にやってくるうねりは小さいが、小波もなくきれいな面だ。
セットといって、ときどき3つか4つか立て続けに大きな波がやってくる。
まだ陽の光は見えていないが、やってきた大きな波に、待ってましたとばかりに乗ってみる。
悪くない。
そうこうして、2本くらい波間を行ったり来たりするうちに、乗っかった板越しに遠く水平線を見ると、丸い線上に浮かぶ雲の端っこが紅に縁取りされ始めて、日の出が始まる。
その紅い縁取りは、たかだか1,2分の間にだんだん太くなって、やがて雲全体がオレンジ色に染まるのだ。
そして真っ赤な点がひとつ。
日の出の始まり。
その点は、1秒1秒大きくなって。
この瞬間がたまらないのだ。
何百千前の昔の人も、こうして朝陽を眺めて、同じように感じるのだろう。
なんとも神秘的な瞬間である。
どんなに疲れていても、なぜか少しだけ元気になる。
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